ダイエット・痩せ志向には、予防よりアフターケアで

 

私は特別養護老人ホームで管理栄養士として働いているので、

入居者様の食事のご様子は栄養ケアの重要な情報源です。

 

お食事の感想を聞いたり、他愛のないことをお話することも多いのですが、

 

80〜90歳のご年齢の女性のご入居者様に

「栄養士さんは痩せてて羨ましいわ」

と言われることに驚きます。

 

「私は太っているからもっと痩せないと」

「私なんて食べ過ぎちゃうから」

なんて言葉を聞くと、もっと驚いてしまいます。

 

若年者から高齢者まで

年代を問わず、

痩せていることが良し

とされている刷り込まれた現実があるんだなと感じます。

 

これまで至る所で発信されてきた事柄が形作られ、ただ今ここに在るだけなのですが、

女性に関して言えば、

その影響力はなかなかパンチのあるもので、

 

車椅子で生活されているようなご入居者様で、

筋肉のない棒のような足をしていても

自分は太っていると認識されていて、

痩せていないとダメだと発言されています。

 

今のような痩せ賛美の風潮は、

きっとまだまだ続くんだろうなと感じます。

 

社会の風向きはそう簡単に変えられないし

若年層から高齢者まで、羨ましいなと思うものが共通しているのなら、

痩せ賛美の回避はとても難しいことがわかります。

 

痩せることに熱狂しないほうが難しい。

誰もが痩せることに囚われてしまう危険をはらんでいる、といった方が正しいような気もします。

 

だとしたら、考えるのは

アフターケアではないでしょうか。

 

糖尿病や高血圧症、脂質異常症といった生活習慣病にしても、

予防対策になかなか効果が上がらないのは

 

病気になってからじゃないと、わからない

病気になってから、はじめてこれはヤバいとわかる

 

結局のところ、そうなのだろうと思うのです。

 

人間、切羽詰まるまで見て見ぬ振りをするのも得意だし、

どこかで、なんとかなるでしょと他人事のように考えがちです。

 

ダイエットも同じようなことで、

リバウンドしたり、過食症になったり、生理がこなくなったり、妊娠しにくくなったり、

様々な弊害が生じてから

あ、これヤバいやつだ

と分かるものだと思うのです。

 

 

摂食障害経験者の私が思うに

危険なダイエットにはまらないよう予防するより、

はまってしまった後に重点を置くしかない

これが今の有り様です。

 

予防できたら何よりだけど、

それが出来にくいのが現実だよね

ということです。

 

 

なったもんはもう仕方ない

なってしまったのなら、ダイエットに飽きるまで

自分の身体と心と

自分を取り巻く環境を

じっくり見つめる機会としましょうよ

と思うし、それしかない。

 

その過程があって初めて

痩せることへの拘りから解放されるのですから。

 

その過程抜きには

痩せることへの拘りからは解放されないとも言えるほどです。

 

正しいダイエットをしましょうといって

五大栄養素やバランスの良い食事を伝えたところで、

ダイエットに熱狂してしまえば

そんな知識はスルーだし

都合よく簡単に頭の隅に追いやることができます。

 

知識を頭に留め、

隅に追いやったものを真ん中に位置させることができたら、

自分軸がしっかりしてきたということなので、

痩せることから解放されるときも近いということでしょう。

 

アフターケアとして挙げるのなら

 

  • 即必要ではなくとも、ダイエットの正しい知識を習得することは必要
  • 自分が安心して身を寄せることのできる人や居場所も必要

(愛情を感じられないと干からびて成長できない、もしくは屈折してしまいます)

  • 自分を見つめることができる、ある程度のストレスある環境も必要

(試練がないと自分を顧みることができないし、自分が本当に手にしたいものも見つかりにくいのです。)

 

私はダイエットにはまって摂食障害になりましたが、

その経験あって、

自分という人間が何を欲しがっているのか

そのことにとても貪欲になったんじゃないかと思っています。

 

他の人より自分に焦点を当てられる

 

他の人が目を背けたり諦めたりすることでも

私は背けないし背けたくないし、

諦めないし諦めたくないし、

生きることに前向きで貪欲になっているように思います。

 

なんでも予防できるものでもないのなら

なっちゃったものから得を見出すのが

賢い生き方なのかもしれません。